最高裁判所大法廷 昭和39年(し)77号 決定 1965年9月29日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、末尾添付の特別抗告申立書記載のとおりである。
記録によると、墨田簡易裁判所は、被告人らおよび山中正雄、栗原三郎、綿引富蔵、永井豊、塚本小三郎、鈴木重次郎に対する公職選挙法違反各被告事件について、昭和三八年七月八日略式命令を発し、右命令謄本は、同年八月一六日被告人らに送達された。被告人らはその送達前である同月一二日各正式裁判の請求をしたところ、同裁判所は、右各請求に基づいて、同年一一月一五日以降数回の公判期日を開き被告事件につき審理を進めたが昭和三九年六月二〇日、被告人らのした正式裁判請求を、不適法であるとして、棄却する旨の決定をした。これに対し、右決定の抗告裁判所である原裁判所は、右請求は不適法であるが、裁判所がその不適法なことを看過して数次の公判期日を重ね、被告事件につき審理を進めた以上、もはや正式裁判請求に関する手続上の瑕疵は治癒され、裁判所としては、本件について実体裁判をなすべき義務を負うに至ったと解すべきであるとして、同簡易裁判所の決定を取り消す旨の原決定をした。
してみれば、原決定は、所論引用の大審院昭和一四年(れ)第三六九号同年六月一七日判決(集一八巻一〇号三四一頁)の判断と相反する判断をしたものであること所論のとおりである。
しかしながら、記録に編綴された墨田簡易裁判所の本件略式命令の裁判書と、被告人らおよび前記山中正雄、栗原三郎、綿引富蔵に対する右命令謄本の各送達報告書によれば、同裁判所は昭和三八年七月八日、一通の裁判書に、被告人らおよび前記山中正雄外五名を被告人として表示し、主文には、「被告人等を各罰金八、〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。」と記載して略式命令を発し、同月一一日検察官に右謄本を交付し、被告人側に対しては同月一九日執行吏送達の手続に付し、右山中正雄、栗原三郎、綿引富蔵に対しては、同月三〇日に右謄本が送達されたが、たまたま被告人らに対しては、これより遅れて、翌月一六日にこれが送達された事実が認められる。そうすると、被告人らは、右略式命令謄本の送達は受けてはいないけれども、その謄本が検察官又は一部の共同被告人に送達されており、裁判所として、もはやその内容を変更することのできない状態に達していたのである。従ってこの裁判に対し不服を申し立てることは、将来如何なる裁判があるか不明なのに敢えて不服申立をするという不当もなく、ただ、被告人らに対しては裁判の告知が遅れた結果、正式裁判の請求が、その請求権発生前になされた点で不適法となるに過ぎないから、右正式裁判の請求を受けた裁判所が未だこれを不適法として棄却しない間に、被告人らに対する略式命令謄本の送達が完了すれば、不適法な請求も、その瑕疵が治癒されると解するのが相当である。
そして、本件では墨田簡易裁判所が正式裁判請求を棄却する前に、被告人らに対する謄本の送達が行われていることが明らかであるから、申立時には不適法であった本件正式裁判請求も、その瑕疵が治癒されたとして、同簡易裁判所の決定を取り消した原決定は結局正当であったというべきである。
そうすると、前記大審院の判例は、これを変更するのを相当と認める。本件抗告は理由なきに帰する。
よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)